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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2308号 判決 1964年1月23日

控訴人(附帯被控訴人) 土屋豊

被控訴人(附帯控訴人) 日本自動車株式会社

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決を左のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し六三万二、九七〇円とこれに対する昭和三三年五月二日から右支払ずみにいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、控訴状貼付の印紙代は控訴人の、附帯控訴状貼付の印紙代のうち一万七、〇〇〇円は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とし、その他は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

この判決は被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分にかぎり被控訴人(附帯控訴人)において二〇万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人)(以下単に控訴人という)代理人は控訴につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人)(以下単に被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

被控訴代理人は控訴につき「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す、控訴人は被控訴人に対し二〇八万一、五三五円とこれに対する昭和三三年五月二日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決ならびに無担保の仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は左記一、二、三、のとおり附加するほかは原判決の事実の部に記載されているとおりである(ただし、同記載のうち原判決添附の債権目録中同目録初めから二行目に「債権者」とあるのは「債務者」の誤記と認める)から、これをここに引用する。

一、被控訴代理人の主張

(一)  破産者東京塗料販売株式会社は破産宣告当時被控訴人が従来主張してきた原判決添附債権目録記載の債権のほかに本判決添附追加債権目録<省略>記載の債権合計五一七万〇、九〇六円を有していた。そして右債権については少くともその半額である二五八万五、四五〇円(三円切捨)が回収可能であつた。したがつて、従来主張の前記債権についての回収可能分、すなわち、二二八万九、六九六円と五〇万円との合計二七八万九、六九六円に、右の二五八万五、四五〇円を加えた五三七万五、一四六円が破産者の有した債権だけについてみた場合の回収可能分である。それ故被控訴人が従来主張してきた控訴人において商品による弁済につき否認権を適切に行使した場合に被控訴人が受けうべかりし配当額九一万三、八〇〇円と右の債権回収可能分五三七万五、一四六円との合計金のうち被控訴人の確定債権額二六六万四、〇〇三円が控訴人の善管義務違背により被控訴人が蒙つた損害である。原審は二六六万四、〇〇三円とこれに対する遅延損害金の支払を求める請求のうち五八万二、四六八円とこれに対する遅延損害金についてこれを認容したにすぎないので、被控訴人は右の差額二〇八万一、五三五円の損害賠償とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年五月二日から右完済にいたるまでの年五分の割合による遅延損害金の支払をさらに求めるため、本件附帯控訴に及ぶ。

(二)  控訴人は破産管財人として右破産者の有する債権につき調査し、内容証明による請求並に訴訟の提起等の手段によりその回収をはかるべきであるのに、回収のための調査、回収の手段を講じなかつた。控訴人の破産管財人として尽すべき善管義務の懈怠の事実は破産裁判所から破産管財人たる控訴人に対し再三再四報告要求がなされていること、同裁判所が破産管財人たる控訴人を解任したこと等からみても明らかである。

(三)  破産者東京塗料販売株式会社の破産手続は昭和三六年七月一四日破産裁判所がなした破産手続廃止決定により終了した。

(四)  原判決二枚目裏始から二行目中「二八年三月九日」とあるのは「二九年三月九日」の誤りである。

二、控訴代理人の主張

(一)  被控訴人の前記一の(一)(二)の主張事実は否認する、同一の(三)の主張事実は認める。

(二)  破産会社が昭和二七年一〇月三一日現在二八〇万八、二八八円の商品を有し当時これを被控訴人を除くその他の債権者に弁済として返品交付したとの主張事実は不知、控訴人は否認権を行使したことはないが、同日頃破産会社は未だ支払不能の状態になかつたから右の弁済がなされたとしてもこれは否認権の対象にならないものである。

破産会社が破産宣告当時四三五万六、三九四円の売掛金債権を有していたとの主張事実については帳簿上そのような記載はあることは認めるが、実態はこれをはるかに下廻るものであつた。これにつき被控訴人主張のような金額の取立が可能であつたとの点は否認する。

(三)  控訴人には善管義務違背の責はない。控訴人は破産管財人として原判決添附債権目録記載の債権のうち、39、40については実地調査をした、とくに40については債務者の転居先の逗子市まで赴きその妻に面会して弁済を求めたが徒労であつた。52についても転居先という熱海市および伊東市に赴いて関係者、交番等について調査したが徒労であつた。4については長野県上田市に二度赴き弁済の交渉をしたが債務者が個人か会社か不明で訴訟によるも取立困難と思われ二割程度の弁済の約定はなされたがこれは実行されなかつた。16についても弁済の督促のため二、三回債務者方に赴いたところ、破産宣告前、破産会社社員に全額弁済ずみということであつた、しかし受取証が揃わないので結局約一、二割程度は儀礼として支払うという話で終つた。21については債務者倒産ということで旅費を使つて催促してみても徒労に終ることが明らかであつた。他は多く小口債権で書面による催告によつてはとうてい履行されないものと認められ、かつ、訴訟その他の費用を回収することすら困難なものと認められた。

<証拠省略>

理由

被控訴人が訴外東京塗料販売株式会社に対し塗料等を売渡した代金債権を有していたところ、右会社が支払不能の状態に陥つたため、昭和二八年八月三日被控訴人が東京地方裁判所に右会社に対する破産の申立をなし、その結果同年一一月二五日同裁判所において同会社に対する破産宣言がなされ、その破産管財人として控訴人が選任されたこと、右破産財団に属する財産が破産宣告当時主として売掛代金債権であつたこと、右破産宣言の決定に定められた債権届出期間内に債権の届出をしたのは被控訴人のみで、その後も債権の届出をしたもののないこと、被控訴人の届出た二六六万四、〇〇三円の債権が昭和二九年三月九日全額破産債権として確定したこと、右の破産手続が昭和三六年七月一四日同裁判所の破産手続廃止決定により終了したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争がない。

破産管財人は、破産財団の代表機関であり、かつこれに関する管理処分の機能を専有するものとして善良な管理者の注意をもつて財団の管理、換価、配当などの職務を行うベきものであるから、右破産会社のようにその破産財団に属する財産が主として債権であるときにはその取立回収に力を尽し、必要に応じ法律上の手段をも講じて破産財団の充実をはかるべきであるとともに、そのほかにも否認権の行使によつて破産財団に組み入れるべき財産がある場合には遅滞なくその権利を行使して破産財団の増殖をはかるべきである等の職責を有することは言を俟たない。

被控訴人は、まず破産会社が昭和二七年一〇月三一日以降破産宣告までの間にその商品二八〇万八、二八八円相当を債権者の一部に弁済として交付し債権者を害すべき行為をしたにかかわらず、控訴人は右行為につき否認権行使の手段に出でなかつたのであるから、控訴人にはこの点につき破産管財人としての善管義務違背がある旨主張するが、当裁判所もまた右主張を採用し難いものと判断する。その理由は当審において新たに提出援用された証拠を参酌してもこの点に関する原審の説示を動かすに足りないと附加するほか、この点についての原審の理由(原判決七枚目((記録一七九丁))表始から三行目より同枚目裏始から三行目まで)と同じであるから、これをここに引用する。

次に控訴人が破産財団に属する債権の取立について善管義務を懈怠した旨の被控訴人の主張について考える。

成立に争のない甲第一二号証、当審証人橋本長一郎の証言とこれによつてその成立を認めうる甲第五号証、原審証人橋本長一郎の証言とこれによつてその成立を認めうる甲第四号証、成立に争のない甲第六号証、当審証人会田太一の証言とこれによつてその成立を認めうる甲第一七号証の一および同号証の八三ないし八六、甲第二二号証の一、二、原審証人会田太一、桝田光、当審証人桝田光、小林竹雄の各証言によると、破産会社の破産宣言当時における売掛債権としては原判決添附債権目録記載の五二口の債権、その総額四三五万六、三九四円が計上されていたこと、右の債権はその大部分が存在するものであり、かつ右債権中には後記認定のとおり相当額の回収見込のある債権が含まれていたこと、およびこれらのことを認識することは破産会社の破産管財人であり、かつ弁護士を業とする控訴人にとつて必ずしも難かしい事情になかつたことを肯認するに充分である。被控訴人はさらに本判決添附別紙追加債権目録記載の債権について、その存在とその取立可能性を主張し、当審証人会田太一の証言によつてその成立を認めうる甲第一七号証の一ないし八二によると、破産会社の売掛金帳簿に同追加債権目録記載のような債権が記帳されていることが分るけれども、右債権の記帳はいずれも昭和二七年三月又は同年四月現在までの記帳であることはその記帳自体から明らかであるのみならず、前出甲第一二号証、甲第四ないし第六号証、原審および当審証人橋本長一郎、当審証人桝田光の各証言によれば、右債権についてはその後すでに決済されたものや破産会社の従業員が回収してしまつたものがあつて、右債権の存在自体さだかではなく、かつ、債務者の住所不明、倒産等によつてその回収が殆ど見込まれないものであつたので、破産会社が昭和二七年一〇月三日現在の同会社の第一六回確定営業報告書(甲第一二号証)の債権目録からとくに右債権の記載をはぶいたこと、破産管財人たる控訴人はこれらの事情について同会社の代表取締役橋本長一郎から報告をうけたので右の債権についてその取立を断念したことを認めることができるのであるから、右債権の取立に努めなかつたことを目して控訴人に善管義務違背ありとすることは控訴人にとつて酷に失するものというべく、従つて、この点に関する被控訴人の主張は採るをえない。

しかし、いずれにせよ相当額の取立可能な債権が存在することを認識しうべき事情にあつたことは前認定のとおりであるから、控訴人としては、その破産管財人に就任すると同時にまず破産会社の有する財産、とくに債権の存否、その取立可能額を十分に調査し、取立可能と認め得るものについては可及的速やかに取立を実現する方策を講ずべきであつたことは当然である。ところで、原審および当審証人橋本長一郎、同桝田光の各証言、当審証人小林竹雄、山崎栄次郎の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果、成立に争のない甲第一四ないし第一六号証、前出甲第二二号証の一、二によると、控訴人は破産管財人に就任中破産会社の代表取締役から概略の報告を徴し、同会社の債務者に対しあるものは口頭で、あるものは普通郵便でその支払の意思の有無を確かめたのみで、債権回収のための適切な調査や必要な手段を講じなかつたことが認められ、すなわち、なるほど控訴人は原判決添附の債権目録記載の債権のうち、その債権額の比較的多い4、16、21、39、40、52等の債権についてはその債務者の住所地まで赴き債権支払の意思、能力の有無を調査していることが分るけれども、その際債務者から弁済ずみを理由に支払を拒絶されるやその受取証の提示をすら求めた形跡がなく、またその際一部の債務者等(たとえば4、16の債務者)が一部なら支払に応ずるといつているのにもかかわらず、その一部についてすら回収のための何らの手段をとつていないこと等が分るのであつて、それ故債務者の住所地まで出向いたことをもつて控訴人が適切な調査をし、必要な手段をとつたといえないことは多言を要せず、また、控訴人は債権取立訴訟を提起したことのないのは勿論、債権回収のために簡便な手段であると通常考えられる内容証明郵便による催告や支払命令の申立等すらも全然していないことが認められるばかりでなく、これらの結果、結局債権の回収は一銭もできず、すべて消滅時効の完成を許し、その回収は全く不可能となり、唯一の破産債権者である被控訴人に対する配当が皆無のまま昭和三六年七月一四日破産裁判所たる東京地方裁判所によつて費用不足による破産廃止決定がなされるにいたつた(同日同決定がなされたことは当事者間に争がない)ことを認めるに充分である。勿論成立に争のない甲第一〇号証、本件弁論の全趣旨によると、本件破産会社の経理、とくにその帳簿の整理等が不完全であつたことが分るけれども、それだからといつてこれらのことが財団に属する債権の調査やこの回収のための適切な手段をなすべき破産管財人の善管義務に消長を及ぼすいわれはなく、むしろ、そういう場合にこそ通常考えられるべき破産管財人の適切な活動が期待されるのである。以上の次第で控訴人は破産財団に属する原判決添附債権目録記載の債権の取立について善管義務を尽さなかつたものといわざるをえず、これにより被控訴人に対し損害を与えたとすればその損害を賠償すべき義務があるというべきである。

そこで被控訴人の蒙つた損害について考えるに、その損害額は控訴人が破産管財人として善管義務を尽したならば被控訴人が受けうべかりし配当額と一致するというべきところ、本件破産会社の破産財団に属する財産は前記のとおり原判決添附の債権目録記載の債権以外にはみるべきものがないのであるから、右配当額は右債権の取立可能額からその取立費用および破産管財人の報酬その他の手続費用を控除した額と一致するといわねばならない。

そこで右の取立可能額につき審究する。前出甲第五号証によると本件破産前の前記東京塗料販売株式会社は昭和二七年五月四日現在で原判決添附目録記載の債権についてその債権の良、不良を順次A、B、Cの三段階に分けて分類していることが分り、当審証人橋本長一郎の証言によると、右債権のうち、5、10、20、26、28は充分取立可能なものであり、2は相当取立可能なものであり、21は取立不能なものであつたことが分り、当審証人会田太一の証言によると、3、4、5、11、22、23、24の債務者は昭和三八年当時でも盛業をつづけており、弁済能力が充分なものであることが分り、当審証人橋本長一郎、小林竹雄、山崎栄次郎の各証言を綜合すると、4、16は相当取立可能、39、40、52、21は取立不能なものであつたことが分り、前出甲第二二号証の一、二によると8は充分取立可能なものであつたことが分る。

これらの事情に本件弁論の全趣旨を加えて判断すると、もし控訴人において遅滞なく適切な債権の取立手段を講じていれば前記債権目録記載の債権のうち、1、3、5、6、7、8、9、10、11、17、20、22、23、24、26、28、29、30、33については平均して各債権額の八割、その合計四六万二、〇三五円が取立可能であつたと認められ、2、4、12、13、14、15、16、18、19、25、27、31、32、34、35、36については平均して各債権額の六割、その合計三二万九、一七七円が取立可能であつたと認められ、その余のものについては取立が困難であつたと認められる。他にこの判断を左右しうべき資料はない。

結局、右認定の総計金七九万一、二一二円が現実に回収されえたものと認められるから、これから、取立費用および破産手続費用を回収金額の各一割とみてこれらを控除すれば、被控訴人に現実に配当しうべかりし金額は六三万二、九七〇円となる。従つて被控訴人は控訴人の破産管財人としての善管義務違背によつて同金額の損害を蒙つたものというべく、控訴人には被控訴人に対し右六三万二、九七〇円とこれに対する少くとも本件訴状が控訴人に送達された日の翌日にあたることが本件記録上明らかな昭和三三年五月二日から右支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

右の次第で被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は理由がないものというべく、これと異る原判決は右の限度で変更されるべきであり、結局本件控訴は理由がなく本件附帯控訴は一部理由あることに帰する。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九六条、第九二条、第八九条を適用し、なお、仮執行の宣言については主文のように担保を供してこれを附するのを相当と認め、これにつき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 野本泰 海老塚和衛)

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